Yucky's Tapestry

yukiful.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

2017年 11月 26日 ( 1 )

こんにちは!忠清道 ㉔公州編 宋山里古墳群模型館

古墳を見たあとは宋山里古墳群摸型館へ。

実際の古墳には入れないので、武寧王陵と5号墳、6号墳が実物大で再現されています。

a0140305_02172664.jpg
前回来た時と同じく、解説士の森かずえさんが案内してくださいました。

さっそく、武寧王の古墳の中へ入ります。

・・・と、その前に
a0140305_02182764.jpg
この方が武寧王です。

501年に40歳で即位、523年62歳で亡くなっています。

国民をすごく大切にする王様だったそうで

身長185cm、お顔もハンサム~♪

と、思ったら、成人男性の顔を集めて「たぶんこんな顔!」と想像して作られたとか。

・・・ということは、ぜんぜん違う顔の可能性あり? ^^;


武寧王が在位していた時代は、国政も安定し、

中国(梁/りょう)や日本(倭国)との交流も盛んでした。

お墓が中国に多い煉瓦のトンネル型なのは、その影響であろう、という説明がありました。
a0140305_02162484.jpg
そして、武寧王の古墳の中です。

長方形で4畳半くらい? 天井はアーチ型をしていて、それほど広くありません。

a0140305_02181277.jpg
こちらには発見された時の様子が再現されています。

500年前の状態のままで見つかり

武寧王と王妃の棺は、奥の広い部分に並べて置いてあったそうです。
a0140305_02454393.jpg
豚ちゃんのような石獣は、悪鬼を追い払い死者を守るという空想上の動物、

そして入口(手前)にある2枚の石の板が・・・
a0140305_02182126.jpg
墓誌石

亡くなった人に関する情報を書いて埋められる石のことです。

この石に彫られている武寧王の生没年が、日本書紀の記述と一致したことから、

「武寧王が佐賀県の加唐島で生まれた」という説が、信ぴょう性を増してきました。

昔から加唐島でも「島で百済の王が生まれた」と言い伝えられていて、

武寧王が生まれたと思われる洞窟や産湯に使った井戸が残っています。

武寧王陵が発見されるまではあくまでも伝説でしたが、歴史が動いたのです。

すでに公州市と加唐島は交流が始まっていて

今年の夏、加唐島の小中学生が公州と扶余を訪問し、テレビや新聞で紹介されました。

たまたまテレビを観てました~!



加唐島はイカで有名呼子なから船で17分、いつか行ってみなくっちゃ!

a0140305_02180558.jpg
武寧王や王妃が身に着けていた装飾品(レプリカ)も展示されています。

金のイヤリング
a0140305_02175860.jpg
こちらは王妃の銀の腕輪。

武寧王陵の出土品は4600点あまり。

他にもいっぱい展示されていますが、とても紹介しきれませーん。
a0140305_02221075.jpg
また、武寧王と妃の二つの棺は、日本の高野山にしか生えていない高野槇(コウヤマキ)でできています。

水に強く腐りにくいという特色があり、日本から入ってきた木で作られた可能性が高いとのこと。
a0140305_02223490.jpg
続いて6号墳。

壁には魔除けの四神図が描かれていて、火を灯すための油皿を置く穴が開けられています。
a0140305_03080522.jpg
5号墳は割石が積まれた横穴式石室墳で、ドーム型になっています。


こちらに来るのは3回目、参考までに過去の訪問記もはりつけておきます。

1回目の訪問記

2回目の訪問記


今回は時間の都合で公州博物館には行けませんでしたが、

こちらを訪れるかたには、ぜひ本物の財宝が展示してある博物館にも足を運んでいただきたいです。

174.png 宋山里古墳群摸型館(송산리고분군모형전시관)
忠清南道 公州市 王陵路 37-2
(충청남도 공주시 왕릉로 37-2)
℡ 041-856-3151(公州市観光案内所)
9:00~18:00(入場は30分前まで)
休業日 旧正月・秋夕(チュソク)の当日のみ

館内には日本語の説明もありますし、日本語無料ガイドもお願いできます。(事前予約が必要です)




by yukiful-xmas | 2017-11-26 08:19 | 2017年10月忠清道FAM | Comments(0)