『いたるところでレンガ造りの古い邸宅や時を止めたような路地裏に出逢える大邱。 20世紀初頭の風情が息づく景色・・・』 「大邱おさんぽ日和」よりそんな大邱を歩いてみた~い!(^^) ・・・ということで、午後のお散歩開始で~す!
桂山聖堂(계산성당 /ケサンソンダン) 。 1902年にフランス人宣教師によって造られたカトリックの聖堂 大邱で最初にできた西洋建築物です。
中に入ると、シスターや信者たちが熱心に祈る姿がありました。 あまりの静けさに写真を撮るのもはばかられるほど・・・
珍しい韓服を着た宣教師や女性信者のステンドグラス。 ステンドグラスの材料はおフランス製です。
ビルの谷間で紅いレンガの聖堂が時の流れを物語っていました。 ( 向こうに見えるのは第一教会)
聖堂の裏路地に壁画がありました。 絵に描いてあるのは桑の実。
ここは桑の木コルモク(뽕나무골목)と呼ばれ、かつてこの一帯は広大な桑畑だったのです。いや~、信じがたいことですが・・・
明から来た将軍、杜思忠(ヅサチュン/두사충)は、壬申倭乱(文禄の役)の時、朝鮮に渡り、朝鮮に帰化しました。
明国最高の風水師でもある杜思忠が、朝鮮に留まることを知った宣祖王(선조왕/李氏朝鮮時代第14代国王)は、杜思忠を手厚く待遇し土地を与えます。
杜思忠が、明堂(一日千金の値がある場所)として選んだの場所が大邱で、現在の慶尚監営公園に家を構えました。しかし慶尚監営が造られることになったため、住まいを移さなければならなくなり、その代価として4千坪の平原を与えられました。
杜思忠はその広大な土地を何かに利用できないかと考え、寒い冬に着る物を持たない大邱の人々に衣服を作ることを思いつき、桑の木を植えて蚕を育て機織りを始めたのです。
これが、桂山洞一帯が桑畑になった所以です。
故郷の明を死ぬまで偲んでいた杜思忠は、人々から「大明虎士」と呼ばれており、桂山洞の南にある大明洞の地名は「明を懐かしむ」という意味でつけられたようです。
また、壁画に描かれている女性とのラブストーリーも伝説となって残っています。(2019年7月31日追記)
レンガ塀の中は、詩人、李相和(イ・サンファ)が住んでいた家。
混迷する日帝時代、民族独立を願い、朝鮮人の苦しい心情をうたった詩人。
1940年代当時の面影通りに家を復元してあります。
隣には、昔の大邱の写真が展示してありました。
さっき見た桂山聖堂の昔の姿も。
再び路地に戻ると、李相和(イ・サンファ)の壁画がありました。
足なんか組んじゃって、ちょっとイナセに見えますが・・・
略歴を読んでみると、大変な生涯を送られたようですネ。
「奪われた野に春は再び来るか」という彼の詩も書かれていました。
ハングルの文字がかわいい。
路地をぬけて・・・
大通りに出ると、なんだこりゃ?
巨大な味覚糖 純露? みたいな~。^^;
ドラマ「ラブ・レイン」のセット、喫茶セラヴィにも立ち寄りました。
古いビルの中にあります。 以前のレポはこちら
☆レトロ&かわいい!
大邱にお住まいの3人の日本人の女性に出逢いました。
「おススメのところがあったら教えて~!」
・・・で教えてもらったお店を次回アップしますね。(^^)
大邱に最初に降り立った時、ゆっくり歩いてみたいなぁと思った亀岩書院(クアムソウォン)につづく路地。
短いコースでしたけど、とっても楽しかった♪
大好きな洗濯物のある風景 第一教会とふかふかのお布団!(^^)
地下鉄の半月堂駅と西門市場駅の中間になります。 第一教会、宣教博物館、医療博物館、九十階段なども近くにあります。 過去記事は
こちら
---------- 桂山聖堂 ------------
大邱広域市 中区 桂山洞2街 71
( 대구광역시 중구 계산동2가 71 )
℡053-254-2300
6:30~21:00
-------- 李相和(이상화/イサンファ)古宅 --------
大邱広域市中区桂山洞2街84
(대구시 중구 계산동2가84)
℡ 053-256-3762
営業時間10:00~17:30
休業日月曜、旧正月・秋夕(チュソク)の連休
入場無料
-------- 喫茶セラヴィ ----------
大邱広域市中区東山洞244 (桂山聖堂 向かい)
℡ 053-255-8308
営業時間 10:00~18:00 (日曜、祝日休館)
観覧料 5000₩ (ドリンク付き)